HIUCという専門学校での話。

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専門学校は大阪にありました。

私が行ったのはヒューマン国際大学機構(HIUC)というところです。HIUCは大阪校と東京校があり、私は大阪校に行きました。

リンクを貼っておきますね。

海外大学留学のヒューマン国際大学機構|英語専門の学校

ここの先生は外国のネイティブしかいません。

その当時は、オーストラリア人、アメリカ人、イギリス人の講師がいました。英語のレベルによって細かくクラス分けがしてあり、初歩のクラスは英語の基礎から、上級者になると英語で授業を受けていました。

初めての授業で呆然

私は初めてのクラスで「What’s noun?(名詞)」と聞かれました。名詞をnounと言うと知らなかった私たちは何も言えず。。。オーストラリア人のその先生は怒りのあまりマーカーを投げていました。そしてまた「What’s verb?(動詞)」と言われて呆然とする私たち以上に呆れ返った姿の先生がいました。

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オーストラリア人はその人1人で、最終的には上のクラス専属になっていました。出来る子がお好きなようでした。笑

また、アメリカ人は4人居ましたがそれぞれに個性的でした。

個性的なアメリカ人講師

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1人目のアメリカ人の先生はすごくハイテンションに授業をしていましたが、英会話スクールではそれが受けていたそうですが、真剣に英語力をつけたい私たちには彼の甘い採点が英語力向上に繋がらなくて不評でした。

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2人目のアメリカ人の先生は、筋肉が自慢の先生で、何かあるとすぐに力こぶを見せていました。いつもタンクトップで出歩く先生でした。

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3人目は、ホワイトボードの隅にタイムラインを書いて、きっちりと授業を行う先生でした。いつも低姿勢で、柔らかい物腰でした。

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そして、1人目の彼女でもある唯一の女性の先生でした。この人に授業を受けたことはありませんが、その後私の運命を変えることになります。

ドSなイギリス人講師にメロメロ。

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そして、イギリス人が1人。

彼は笑わない、厳しい、いつでもキレてる先生でしたが、彼の採点があまりにも厳しいので、これは英語力がつく!とクラスのみんなから絶大な人気を誇っていました。英会話スクールでは彼は超不人気だったみたいですが、着実に成長したい私たちには厳しければ厳しいほど嬉しかったのです。しかも、厳しいだけではなく、アメとムチで、時々見せる優しさにファンが出来る程でした。私は彼のファンでした。最高でした。

彼を驚かせようと思い、エッセイをめちゃくちゃ頑張りました。そして彼に驚いてもらいました。エッセイに書くネタはたくさんあったので、普通の外国の方には考えられない興味深いと思われる内容を書きまくっていました。日本人にももしこれを書いたらきっとびっくりすると思うのですが、そんな世界を書いたりしました。毎日毎晩パソコンとにらめっこしていて、完全に視力がやられました。深夜までエッセイを書きまくっていて、いつも寝ないようにその頃はエミネムばかり聴いていました。

イギリスへ短期留学する

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夏休み、ダメ元で祖父にイギリスに3週間行きたいけど、お金出してくれないか聞いてみました。孫からの申し出に祖父はお金を出してくれました。そんな訳でイギリスの語学学校へ3週間行って来ました。

ホームステイ先は3人で一部屋でイタリア人の超べっぴんさんと、スウェーデン人の頭の良さそうな素朴な感じの女性と一緒に暮らしました。イギリスのお店で買ったサンドウィッチとかは激味なしでしたが、ホームステイ先の料理はいつもとっても美味しかったです。スウェーデンの女性と仲良くなり、たくさん話をしました。(イタリア人の子はほとんど家に帰って来ませんでした)

学校ではフランス人率が高く、手を挙げないのは大体日本人かフランス人でした。後のイタリア人辺りは手を挙げてなんぼ、な感じでした。私はそこで発言することの大切さを学び、また発言することの勇気をもらいました。

学校への行き帰りは良く「ジャップ」と子どもが言っていて、イギリスの中での日本人をあまりよく思わない人もいるのかな?という感じでした。

メールをしによくインターネットカフェに通っていました。ネットカフェは本当に癒しでした。

私が行ったのはケンブリッジなんですが、ケンブリッジ大学と言っても、ケンブリッジの地方の大学は全てケンブリッジ大学と言えるそうで、ケンブリッジ大学という一つの大学があるわけではないことを知りました。ケンブリッジは本当に綺麗な所でした。公園でシェークスピアの劇が普通にありました。素晴らしすぎました。マンマミーアのショーを見に行ったり、ロンドンに行った時は弾丸でロンドンの主要名所スポットを行きまくり1日でほぼ回り尽くしました。

せっかくだからトンネルを通ってフランスに行く弾丸ツアーにも参加しておいたら良かったと後になって後悔しました。今でもフランス、イタリア、ドイツあたりのヨーロッパにいつか行ってみたいと夢見ています。

帰って来たら、びっくりするほど英語力と積極性がアップしていた

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帰って来た秋からの授業では自分でもびっくりするほど発言しまくるようになりました。一皮剥けちゃいました。英語力もかなりアップしました。

最高の心の友が出来る

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私は一般的に少し変わった家庭環境で育って来ていて、常識が重んじられる地域柄友だちづくりには苦労しました。私がとんでもない体験をしたことを友だちに言っても苦笑いされるだけでした。だから、昔からちょっと変わった人を見ると嬉しくて仕方なくなるクセがあります。そしてHIUCにはそんな変わりまくりの面白い人だらけで、むしろそんな面白い人しか居ない程ぶっとんだ人たちが集まっていました。毎日毎日本当に楽しかったです。私の誕生日には、クラスでサプライズをしてくれたり、みんな本当に素敵な人たちでした。卒業記念に、青春18切符で、大阪駅から、友達の熊本まで20時間ほどかけて皆で行ったこともあります。我が家に来て、ティピーを立ててその中で火をおこして語り合ったこともあります。最高すぎる仲間でした。

好きな人と付き合う

高校時代、片思い歴が長く2、3年片思いの末付き合うんですが2週間で破局(彼とは何もない。一度デートしただけ)。その後告白されて2、3人と付き合った経験上、私は告白されたからとあまり好きでもないけど付き合ってから相手を好きになることはないと学びました。なので、次付き合う人は私が好きな人で私が告白した人と付き合うことにしました。

そしてかかった年月、約1年。彼のことが大好き!と思った私は初告白をして見事に付き合うことが出来ました。

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彼は大阪の人で、彼は実家に住んでいました。実家暮らしだけど、豚足の煮物を作ってくれたり割と料理は出来る人でした。彼とはきゃっきゃ、しながら付き合いました。私はツンデレ派なので、皆がいる前ではツンツンしてるけど、皆と別れたエレベーターになるとデレデレしたり。彼のアルバイト中にマフラー編み、バレンタインに適当にチョコを一緒に買って食べて、家に帰ってサプライズでマフラーを渡したり、自転車に2ケツして一緒に屋台の鳥唐揚げを食べながらドライブしたり。そんな思い出してもニヤニヤしちゃう付き合いをしました。

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いきなりの進路変更。

渡米前、私は看護師になる目標があったので、看護師になるつもりでいました。しかし、アメリカ人の女性の先生に相談すると、看護師になろうと思うと8年ほど学校に通わないといけないよと言われてしまいました。何とも痛恨のリサーチ不足!!渡米は間近です。その先生が、「幼児教育にしたら?」と助言してくれます。時間も迫っていて、あろうことか高校受験の時と同じようにまた看護師の道には行かずに違う道を選択してしまうのです。

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私は幼児教育学部のあるニューヨーク州立大学の一校に行くことにしたのです。

いよいよ渡米。

それでは、次回は渡米話になります。

つづく。^_^

ニューヨーク州立大学での日々。

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