ターニングポイント。

私の人生で今日が一つのターニングポイントになりました。色々とつらつらと書きたいところですが、私だけの問題ではないのもあり、まだここには書けないのですが、今後どうか色々なことが上手く行きますように…と心から願うばかりです。

人生生きていたら色々なことがありますよね。

少し前には主人からカミングアウトされたことにてんやわんや。

そして今日は自分の人生設計が大きく変わった日。

そういう時ってありますよね。

先日、育ての親に会った話を書いたんですが、今日はターニングポイント繋がりで、育ての親が言ったことを書きたいと思います。

育ての親の半生

育ての親の父親は先生で、育ての親は小さい頃から溺愛されて育ったそうで、自然と2人の兄も育ての親を可愛かっていたんだそうです。その育ての親の兄と父が昔からとても仲良しで、兄が居なくても先生に会いにしょっちゅう育ての親の家に行っていたんだそう。

そしてお花やお茶、うたのお稽古事を昔からしていて、早いうちから師範並みに芸事を嗜んでいたみたいです。

そんな育ての親のご主人は、親が決めたお見合い相手。逆らうという発想すらなく、そのまま結婚し、お二人のお子さんに恵まれます。

兄の方は大変頭が良いと評判で、難関大学に受かるのですが、その時にはご主人とはあまり上手く行っておらず、ご主人は生活費もろくに入れない状態だったんだとか。そこで育ての親は学校の先生として働き生活費や大学資金を援助し、兄は兄で家庭教師をしながら大学資金にして生活されたんだとか。

そして学生時代にお付き合いされていた方とゴールイン。育ての親もこの子なら、と太鼓判を押し背中を押した節もあると言われていました。

その後、うたの発表があり、その時に父が見に行っていたそうで、久々の再会をしたんだそうです。

私との出会い

そして誘われて家に行くと2人の子供たちがいたらしく、それが私たちです。

その時には母はおらず、乱雑で足の踏み場もない家に服もろくに着ずに姉の後をずっと追いかける妹(私)の姿があったそうです。

手を差し伸べると姉は来なかったけれど、妹はすぐに抱きつきに行ったらしいです。

父は大学教授をしていたので、昼間授業の時は子供たちを家に閉じ込めて講義に行っていた、ということでした。その間に学生アルバイトに行ってもらっていたこともあったみたいです。

さらに、姉と妹を別々の施設に入れる計画を立てていたらしく、育ての親は、姉妹を別々に離して育てるべきではないと助言したらしく、父は、育ての親が来てくれるのならそれが出来るが、そうでなければ育てられない、と言ったそうで、そこから育ての親の二重生活が始まったんだそうです。まさにターニングポイントですよね。

そして父は仕事を辞め、子どもたちを連れて田舎に引っ越しました。

仕事を辞めた育ての親ですが、うたやお茶、おはなの稽古を辞める気はしなかった、ということでその稽古のために半分は田舎へ、半分は都会でという生活が始まりました。

田舎の生活で、美味しいご飯や、自然いっぱいに過ごしたあの時代が、今の育ての親を作っていて、丈夫にさせてもらった、楽しかった、と言われていました。

そして父の態度がただの世話人という感じだと思っているように感じた育ての母は年金もらう60を前に父から離れたということです。私たちはその頃には高校生だったと思います。

これまたターニングポイントですね。

そんな話を先日会った時にしていました。

人生、色々な所にターニングポイントがあるものです。このターニングポイントが良い方へ行くように祈るばかりです。

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